2.マティーニ

今回も創作です。

 

客先からの帰り道。

どこでもいい。
今すぐ酒が飲みたい!

社長と共に半年がかりで練りに練り上げてきた経営理念が
会長の一言でおじゃんになったのだ。

「わしは、カタカナで書かれたややこしい提案は信じん。
もっと情に訴えてくる案を出してくれ。
社長、君はどう思う?」。

「はい、私も何と申しますか、人情がにじみ出るような理念がよろしいかと」。
ケッ、雇われ社長が言いそうなことだ。

社屋を出ると西日が強い。

ややこしいカタカナ? 情に訴える?
演歌の世界か!

 

 

とにかく今は強い酒が必要だ。

経営コンサルタントがドアを開けたのは、
客先の一番そばで見つけた店。

時代を経た板壁に、飾り気がない調度。

「いらっしゃいませ。どちらでもお好みのお席に」。
白ワイシャツにダークグレーのベストを着たマスター。
髪は七三に分けている。
歳は40そこそこか。
そうなら自分より10歳下か。

カウンターの真ん中に座る。
背もたれがついた椅子が心地よい。

音楽がかかっていないことに気付いた。
こんな店にかかっていそうなジャズでないのがいい。

これは、どうも当たりを引いたようだ。

「何になさいますか?」。
注文を聞いてくるこの間もいい。

おもむろにメニューを開く。

カクテル?
そうだな、飲んだことないけど酎ハイみたいなもんだろう。
いつもと違うものを試してみるか。
少しでも気分転換しなきゃやってられない。

 

 

「マスター、マティーニを」。

「はい。何かお好みのジンはありますか?」。

「いや、ジンではなくてマティーニを」。

「いえ、ジンの銘柄は何がよろしいですか?」。

そうか。
マティーニに入れるジンの銘柄のことだな。
銘柄は何も知らない。

そもそもカクテルの名前はマティーニしかしらない。
だからマティーニを選んだのだ。

「なんでもいいよ」。

「ドライで、よろしいでしょうか?」。

ドライ?
どんな意味だ。

「いいよ、それで」。

「うちはシェーカーを使うのですが、ステアがよろしでしょうか?」

シェーカー?
ステア?
なんだそれ?

「どっちでもいいから早くね」。

イライラしてきた。
俺は酒が飲みたいだけなのだ。
いつも頼んでいるビールにしておけばよかった。

「おまたせしました」。

来た、来た。
ぐっとグラスをかたむける。

うっ、なんだこの辛さは。
アルコールのストレートな味しかしないじゃないか。

「マスター、心にジーンとくる演歌風のカクテルってないのかい」。

お粗末様でした。

 

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